織田信長の五月人形
織田信長は、日本史上最も偉大な人物として数える人も多いです。実際、名武将を聞いたときに真っ先に挙がる名前です。我が子は織田信長のようにと願うお父さんが多いですが、短い生涯を不安に思うお母さんも多いです。しかし、それでも我が子には織田信長のように天下に挑む男になって欲しいと願うわたしです。そんなわけで織田信長の五月人形をお探しの人はどうぞ。織田信長が身に付けたといわれる具足・兜は、正確には残っていないため史実などを基に甲冑師が創作しております。
五月人形の楽しさ
男の人は、五月人形に思い出をお持ちの方、極めて少ないです。皆無といったほうがいいと思います。おひなさまを楽しむ女性は多いのに、男はなんで。。。。。
ズバリ、五月人形を楽しんでこなかったからだと思います。おそらく五月人形なんて触ったことないと思います。太刀を振り回して遊んだひとは、やっぱり思い出のいちページとして、我が子にも、と言われます。
が、それすらない男性が圧倒的です。
ですから、五月人形をもっと有効活用しましょう!端午の節句は、小さいうちから御子様と五月人形を一緒に飾って、物を大切にする心、親子の絆を育てる絶好の場です。
それなのに五月人形の組み立ては、手袋をつけてなんて、ほとんどのお店の人いってると思います。そんなことするから、楽しい思い出が残らないのです。
五月人形は手袋つける、触ってはいけない→子供には触らせないが昔のあたりまえ。
でも、それをすると、『子供に五月人形の思い出のこらない』→『五月人形を一体何のためにかざるのかわからない』→『五月人形は楽しくない』→『五月人形をかざらなくてもよい』→『五月人形はいらない』→『しないほうがよい』となります。その通りです。
『思い出の残らない端午の節句(五月人形)はするだけもったいない。』と思います。
ですから、五月人形を楽しみましょう。楽しんで思い出を作ってあげて、自分も楽しんで、、、それで、少々、汚れたって、壊れたっていいじゃないですか。五月人形のホコリを気にするような人でも、そんな大人の男になって欲しいですか?男の子ですから、わんぱくに少しぐらいわるさしても大目に見てあげる気持ちで五月人形選んであげましょう。そしたら、きっと、、、
織田信長の名言(というか、頭の中へ浮かぶ言葉)
『人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり 一度生を得て 滅せぬ者のあるべきか』 織田信長の特に好んだ能舞『敦盛』の一節。
『天下不武』七徳をもってこの世の中を治めること。
『運は天にあり』わずか2000の兵で45000もの今川義元軍に奇襲をかけたといわれる桶狭間の戦いの出陣の言葉。結果はご存知のように、暴風雨の中、一気に今川義元の本陣まで突き進み、敵将今川義元の首をとる大勝利で、尾張の国衆たちを心服させた。

織田信長の生涯
- 1534年(天文3)信長1才
- 5月、尾張の国(現在の愛知県)での武将、織田信秀の子として、那古野城で生まれる。幼名は吉法師。
- 1543年(天文15)信長13才
- 元服(成人式)し、織田三郎信長と名のる。
- 1547年(天文16)信長14才
- 今川義元との戦いで初陣。
- 1558年(永禄元)信長25才
- 木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が信長に仕える。
- 1559年(永禄2)信長26才
- 尾張を完全に統一。
- 1560年(永禄3)信長27才
- 5月、桶狭間の戦いで、今川義元を倒す。
- 1564年(永禄7)信長31才
- 浅井長政と同盟を結ぶ。尾張一帯をほぼ統一。
- 1567年(永禄10)信長34才
- 稲葉山城を攻め、斎藤竜興を伊勢長島(現在の三重県)においやる。
- 1569年(元亀元)信長38才
- 姉川の戦いで家康とともに、朝倉義景・浅井長政の連合軍を破る。
- 1572年(元亀3)信長39才
- 12月、京へ向かう武田信玄に対し、家康と連合軍を組んで対戦するが、遠江(現在の静岡県)の三方が原の戦いにおいて、惨敗する。
- 1573年(天正元)信長40才
- 4月、将軍義昭を、河内(現在の大阪府)の若江に追放する。8月、朝倉義景を、続いて浅井長政を滅ぼす。
- 1575年(天正3)信長42才
- 5月、三河(現在の愛知県)の長篠の戦いにおいて、家康の軍とともに武田勝頼を破る。
- 1581年(天正9)信長48才
- 3月、天目山の戦いで、武田勝頼を滅ぼす。6月、本能寺で家臣の明智光秀に襲われ、自害する。
織田信長の五月人形鎧飾り
織田信長公具足桜吹雪槍飾り
日本史上、稀有の存在であった名武将、織田信長の南蛮鎧を再現しました。ガンメタの胴丸鎧、総鎖甲掛け、南蛮兜で重厚さあふれる具足です。脇飾りを槍と馬上太刀とし、桜咲き乱れる様を表した美しい舞台で飾った五月人形です。
織田信長公具足桜吹雪火縄銃飾り
日本史上、稀有の存在であった名武将、織田信長の南蛮鎧を再現しました。ガンメタの胴丸鎧、総鎖甲掛け、南蛮兜で重厚さあふれる具足です。桜吹雪の中、火縄銃と共に飾る五月人形です。
織田信長公南蛮甲冑箔散らし桜絵飾り
先進的な織田信長をイメージし黒と銀のコントラストで美しくデザインした南蛮甲冑です。木目を生かした明るい屏風と台で引き立てます。
織田信長公南蛮甲冑金彩桜黒屏風飾り
先進的な織田信長をイメージし黒と銀のコントラストで美しくデザインした南蛮甲冑です。黒背景の桜柄二曲屏風で引き立てます。
織田信長公南蛮甲冑火縄銃金屏風飾り
先進的な織田信長をイメージし黒と銀のコントラストで美しくデザインした南蛮甲冑です。火縄銃と共に飾ります。
織田信長の五月人形兜飾り
織田信長公10号南蛮兜単筒火縄銃付五月人形兜飾り
織田木瓜の前立てに黒塗りの南蛮兜鉢、赤塗りのしころを素掛けで威した戦国時代様式、織田信長公の兜です。火縄銃(模型)と一緒に飾る五月人形です。
織田信長公10号南蛮兜五月人形収納飾り
織田木瓜の前立てに黒塗りの南蛮兜鉢、赤塗りのしころを素掛けで威した戦国時代様式、織田信長公の兜です。ひとつにまとまる収納タイプの五月人形です。
織田信長南蛮兜火縄銃竜虎柄収納飾り(着用可)
大人でも被ることもできる兜を、火縄銃と竜虎の二曲屏風に組み合わせた収納式五月人形です。織田信長公の兜をモデルとしました。
織田木瓜を前立てにした織田信長公南蛮桃形兜10号コンパクト五月人形
織田木瓜を前立てとした南蛮兜です。赤と黒で塗り分け華やかさよりも実戦向きの渋さを出しています。ずっしりと重量感のある織田信長の兜です。オーソドックスに金屏風と組み合わせました。
織田信長南蛮兜段違い竜虎花梨塗収納飾り
織田木瓜の前立てに南蛮兜鉢の戦国時代様式、織田信長公兜をコンパクトな収納式の五月人形にしました。
織田信長公南蛮桃形兜鷹タペストリー収納飾り
織田木瓜の前立てに南蛮兜鉢の戦国時代様式、織田信長公兜を麻タペストリーの収納式五月人形にしました。
織田信長銀筋鉢兜段違い竜虎花梨塗収納飾り
織田木瓜を前立てとした信長公の兜をコンパクトな収納式の五月人形にしました。
織田信長公南蛮兜焼桐台金屏風出飾り
戦国時代様式南蛮兜鉢織田木瓜前立ての織田信長公兜を小さな台と金屏風でコンパクトに飾る五月人形です。
織田信長公銀筋鉢兜鷹タペストリー収納飾り
織田木瓜を前立てとした信長公の兜を鷹柄麻タペストリーの収納式五月人形にしました。
織田信長木製ミニチュア兜
手のひらサイズの木製兜です。
準備中の五月人形(間に合いません。ゴメンナサイ)
織田信長白銀具足10号二曲家紋飾りの五月人形
日本史上、稀有の存在であった名武将、織田信長の南蛮鎧を再現。白銀の胴丸鎧、総鎖甲掛け、二重鎖佩楯と最新の型を用いています。ご家庭にあわせた家紋を屏風にお入れします。
織田信長白銀具足10号の五月人形
日本史上、稀有の存在であった名武将、織田信長の南蛮鎧を再現。白銀の胴丸鎧、総鎖甲掛け、二重鎖佩楯と最新の型を用いています。オーソドックスに金屏風で飾った五月人形です。
完売した織田信長の五月人形
織田信長公7号南蛮甲冑二曲屏風飾りの五月人形
先進的な織田信長をイメージし黒と銀のコントラストで南蛮甲冑を美しくデザインしました。手漉き和紙の自然味あふれる二曲の屏風と組み合わせた五月人形です。
遂にコンパクトサイズで登場!織田信長ファン待望のかっこいい南蛮甲冑の五月人形
先進的な織田信長をイメージし、黒と銀のコントラストで南蛮甲冑を美しくデザインしました。
織田信長筋鉢兜竜虎柄収納飾り(着用可)
3才から被ることもできる兜を弓太刀付で竜虎の二曲屏風と組み合わせた収納式五月人形です。織田木瓜を配した織田信長の兜です。
織田信長筋鉢兜蜻蛉焼桐収納飾り(着用可)
3才から被ることもできる兜をコンパクトな焼き桐の収納台と組み合わせました。織田木瓜を配した織田信長の兜です。
織田信長筋鉢兜蜻蛉収納飾り(着用可)
3才から被ることもできる兜をコンパクトな桐の収納台と組み合わせました。織田木瓜を配した織田信長の兜で、麻タペストリーのトンボは無病のおまじないです。
ご注意
当社が出店している楽天市場の『人形屋ばぶちゃん』より、ここ十二段屋サイトでは少し安く販売しております。直営サイトでは、楽天へのマージンや各ショップに強制的に負担させられるポイントが不要なためです。ただし、当店直売だとポイントはつきませんし、決済方法は代引きのみ(クレジット不可)となります。ご了承の上、ご注文をよろしくお願いします。
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五月人形は日本の文化です - 日本では季節の変わり目の祝祭日のことを節日といい、お供え物をしたり行事を行って祝ってきたという歴史があります。この節日の供え物『節供』という言葉が、節日そのものを指すようになって『節句』という言葉になったともいわれています。その五節供のうちのひとつ端午の節句は、男の子の節供として内には五月人形を飾り、外には鯉のぼりや武者絵幟をたて、お子様の成長を喜ぶお祝いの行事として生活に定着しています。とりわけお子様がはじめて迎える節句を初節句といい盛大にお祝いします。また、女の子の初節句は、雛人形を飾ってお祝いします。
三代目鈴甲子雄山渾身の一領。鎌倉時代紺糸威一閑張り2/5奉納大鎧
直江兼続銀筋鉢兜段違い竜虎花梨塗収納飾り
真田幸村兜竜虎柄収納飾り(着用可)

